2007/06/30

ただのパンなのに。

家ではめったにサラダは食べません。

でも一つだけ好物が。

それは、クルトン。

シーザーサラダにのってるサクサクしてるやつ。







こいつのせいでどんどん食べちゃうよ。


葉っぱを。

2007/06/26

初モノクロ







ワンちゃんが一番よく撮れた。

モノクロ、初めてにしては上出来かな。

ま、24枚撮りで3枚ぐらいしかよく映ってるものはないのだけれど。

これからもちょくちょく撮っていこう!

しかしモノクロっていうのはお店でプリントすると、深みとかそういうのがないね。

ま、当然か。

人にやってもらってるんだもんなあ。

2007/06/25

大学のハンドボールサークルの大会を終え、新宿で飲み会。

一次会・二次回で相当量飲みました。

酔っ払った新宿からの帰り、高校時代の友人とばったり。

二人で帰ることに。

彼は大学四年で住友林業に内定が決まってる。

本当にめでたい!

ということで地元の駅近くのコンビニでビールを買ってささやかな祝福。

ビール一本ぐらいおごればよかった。

今になって後悔。

そんなこんなで、彼とは建築の話・女性の話・共通の友人の話・釣りの話

久々にいろいろ話した。

大学の友達もいいけど、今日はそんな話じゃないんだ。

高校の時の友達っていうのはいい!!

濃い3年間がそう思わせるのかもしれない。

以上

2007/06/21

メモ帳

一年くらい前にpicnic on picnic渋谷店で買った、Unipapel社PAPYRUSっていうメモ帳のページがなくなりそう。

新しいのが欲しい。

今のところ考えてる選択肢は2つ。 どっちがいいかなあ?

MOLESKINプレーンL         2730円  /made in italy

TRAVELER'S notebookの無罫ノート 3360円  / made in japan


MOLESKINは200年以上の歴史あるメモ帳。

とても頑丈なつくりになっている。
表紙はオイルクロス製で硬く、一方で軟らかい。 丈夫なんだけど弾力性もあるということ。
しっとりとした重量感がある。

1ページ目には
「in case of loss , please return to ・・・(名前・住所・電話番号なんかを書く空白)  
As a reward : $・・・(返してもらったときの具体的なお礼の額なんかを書く空白)」

って書いてある。

なんともいい。

味があっていい!!

だけどリフィルがないから使い終わったらまた本体ごと買うことになる。


次にTRAVERER'Snotebook

これは、紙がなくなったらリフィルがあるのでもう一度本体を買う必要はなし。
しかも使い終わった中身を専用のバインダーで保存可能ときてる。

一冊を長く使うための環境が整ってるというわけ。

それも味があっていい!!

表紙はタイ製の牛革をざっくり切っただけなんだけど、使い込むと艶が出でくる。
紙は日本製、もし万年筆で書いてもにじまないらしい。

どっちも紙は上質のものだし、メモ帳としては高級なものだろう。

作りはシンプルなのに自然と個性と言うかなんというか、使う人によって違う味が出てくることも間違いなさそうだ。


うわあ! 選べねえ!!

どうしよう!!

来月の給料入ったら確実にどっちか買います。


ちなみに兄ちゃんのお気に入りメモ帳はROHDIA

色とデザインがヨーロッパぽくてかっこいい。

サイズもたくさんあるしね。


いやあ、それにしても悩むなあ。

2007/06/20

追いつけ追い越せ!!

本日7限「ソクラテス以前の哲学者達」

エレア派のゼノンについて。

そう、ゼノンのパラドクスで有名だよね。

1時間半パッチリ目開けていつも以上に集中して話聞いてたけど、説明しろって言われたらまぁ無理ね。

なんとなくしかわからん。


ちなみにパラドクスの
パラはギリシア語で「反」の意  
ドクサは「思い込み」の意

ゼノンは、以前紹介したパルメニデスの弟子とか養子とか言われてて、パルメニデスの学説を擁護をした人。

パルメニデスを批判する人の論点を一度受け入れ、それを仮定・前提として相手の矛盾を導き出すという間接的な論述方法をとった人でもある。

パルメニデスが「多は認めない」と言ってたことを批判する者の矛盾を導き出す過程の中でゼノンがどうしても考えなくてはいけなかったのが、

〈多に関する議論〉
①大きさの矛盾
②数的な矛盾

〈運動に関する議論〉
①二分割論
②アキレウス論
③飛矢静止論
④競技場論

この一個一個が実にややこしい。

その中でも考えれば考えるほどわからなくなるのが、アキレスが亀に追いつけないって話。

ここでの問題は

空間が無限分割可能だとすると、有限時間内に無限回の行為を遂行できるか?

ってこと。

例えばA地点からB地点までの競走

亀の方がスピードが遅いからハンデをつけてアキレスは亀より後ろからスタート

よーいドン!!!

アキレスが進む   と同時に亀も進む

さらにアキレスが進む   と同時に亀も前に行く

この繰り返しなんだけど、空間を無限に分割できるとしたらどうなるだろう?

どんなに細かく分割しても分割しきれなくて、そこにはどんなにちっちゃかろうと絶対に空間がある。

この無限な空間においてアキレスと亀は有限な時間の中で競走するわけ。

元々距離のあるアキレスはいくら速く走っても亀には追いつけないのです。

そして今もアキレスは亀に追いついてはいない。

2500年経っても追いつけない。

追いつけない。
追いつけたとしても抜けない。 先には行けない。


とまあ、こんな感じ。

全然説明になってないけど、ほんとこんな感じ。


興味ある人は山川 偉也 『古代ギリシアの思想』 講談社学術文庫

廣川 洋一 『ソクラテス以前の哲学者』 講談社学術文庫文庫

鈴木 照夫 『ギリシア思想論功』 二玄社

でも読んでみてください。

僕みたいな凡人にはこんな難しいこと説明のせの字もできましぇん!

2007/06/19

わんこ







現像行ってきました!

なかなかきれいに撮れてました。

なんとなくだけど、やっぱ富士フィルムの方がコダックより色鮮やかな気がする。


うちのわんこ達です。 かわいいでしょ!

公園での一枚と玄関先での一枚。

次は少しモノクロで撮ってみるつもりざんす。

2007/06/17

L判でお願いします。

現像してないフィルムが4本もたまってる。

早く見たいなあ。

でも、ばんばんお店プリントするわけにはいかない。

お金がない学生にとっては人脈が必要だ。

だからカメラ屋さんでバイトしている友達がお店に一人っきりになるときを狙って行かないといけない。

狙うは火曜の夜だ!!

待ってろよ! Shogo!!

2007/06/15

ふぃるむ

フィルムについて。

初心者が段段と成長していく過程ですので、カメラに詳しい方は「そんなことも知らなかったのかよ」と上から目線で見ててください。

さて、フィルムのメーカー・サイズ等々は置いておいて、今回はネガフィルム・リバーサルフィルム・ブローニーフィルム この三種の特徴について説明したいと思いまーす。

まず ネガフィルム。
一般的に使われているフィルムで、ラチチュード(露出度の幅 明暗差の許容量)が広く、プリントする段階で色の補正がしやすいのが特徴です。
しかし補正がしやすいため、撮影自体には問題なくても現像するお店によって印象の異なる写真に仕上がることが多い。

リバーサルフィルム。
ネガフィルムとは逆にラチチュードが狭く、高画質な写真が仕上がるのが特徴。画像の色や明るさをその通りに見ることができるため正確な露出を与えないと失敗してしまうことが多いので、扱うのが非常に難しいフィルムです。

ブローニーフィルム。
このフィルムは一般的に使われているカメラではなく、中判カメラ(スタジオでの撮影などで、主にプロが使っているカメラ)で使われています。
すべて幅6cm、高画質・悪条件でも扱いやすいという利点がある。

ちなみに今僕が使ってるのはネガフィルム。

機会があったらリバーサルフィルムでも使ってみようかしら♪

2007/06/13

「在る」ということ

本日7限の授業を軽く紹介。

「ソクラテス以前の哲学者達」 

今回はパルメニデスについて。

ちなみにパルメニデスその人は前500年程度のギリシアの人

さて、その思想だが、はっきり言って難しい。

そんな難しいことを説明しようとするからものすごく簡略化して書くことになるし、伝わらなくて当然だけど、一応やってみるね。


まず、A=Aなのはトートロジーにしろ間違いのないところである。

これを守っていく。

そうすっと、A=Bは間違い

だってA=Aだから。

んで、「AはBになる」も間違い

だってA=Aだから。Bにはならないでしょう。

ほんで、「AはBであらぬ」も間違い

A=Aだから。 「AはBでない」のではなくて「AはAなの」です。

A=A それだけ。 すべては一(いち)。

多は認めない、というか存在しない。

となると、この世にあって変化すること・もの、AがBになること・ものなんてまずない。

つまり、彼と同時代のヘラクレイトスが言った万物が流転するこの世界の現象すべてはないということになる。

はい!

え?

うーん・・・・・・これで終わりにしようかと思ったけど、あまりにわかりづらいのでもう少し。

探求の主題は「存在するか」または「存在しないか」のいずれかであるということ。

そして、認識論的な理由から「存在しない」ということを考えられないものとして除外する。

言い換えれば「存在しない」を考える事は不可能であるということになる。

そして、「存在」は生成も消滅もせず、変化することも運動することもなく、いかなる不完全さも被ることはありえない。

・・・

おいおいちょっとまて! おかしくねえ?

僕らの感覚で言ったら、上のことは意味不明で狂気の沙汰だ。

事実の明証性に目を向けず、議論の整合性にばっかり目がいってる。(この批判はアリストテレスがしてる)

ここでパルメニデスの話に戻ると、

「在るもの」が生成するためには、「在るもの」か「在らぬもの」から生成しなければならない。

そこで「無」すなわち「在らぬもの」から「在るもの」が生じるということはないだろう。だって「無」からなにか生まれるってことはかんがえられないからね。

だからそれは論理矛盾だと彼は考えた。

また、「在るもの」が「在るもの」から生じることもありえないとも考えた。

なぜなら、「在るもの」が「在るもの」から生じるとすると、この生成に先立って何か「在るもの」が前提されることになり、それは生成とは言えないからである。

つまり「在るもの」とは、かつて在ったこともなく、在るであろうということもないものであって、永遠に運動や変化を超えた存在として現に「在る」ものとして思惟されるものであることが導出される。

ここから《在るものは在る。在らぬものは在りえない》となるんすねえ。

でもこれ、「在らぬもの」って言葉で言っちゃった時点で「在らぬもの」が在るってことを言っちゃってるってことになるよね。

ないものはないとは言えないわけで。

ないって言える事自体、「ない」ことが「ある」わけで。

うむう・・・難しい。

最後に、

こんな言葉で説明不可能なことを伝えたいがために彼は詩を用いたんだと思う。

「在る」ということを言語表現以前の何かであると彼は考えたのでないか。

散文では表現できない「在る」ということ

うんうん。 かっこいい。

こんな彼から、哲学に論理的思考がもたされたといっても過言ではないのです。


さてさて、今日の授業はこんな感じでした。

こんなこと本を何冊読んだって結論がでない、あくまで推察が伴う議論なわけなんです。

現に今現在も議論中なんですから。

なんせ今から2500年前の人の言った言葉の断片が少し残ってる程度ですので。

2007/06/12

愚痴

最近めっきりカメラをいじれてない。

写欲があるのに時間がない。

少しバイト減らすかな。

でもそうすっとお金が減るしな。

このへんは切実な問題なのであります。

ああ、早く夏休みにならないかなあ。

2007/06/10

キーボードなおりました

昨日、大学君としょうご君とたくさん飲んだので二日酔い。

朝からバイトだったもんだからきつかった。

ヘラクレイトスによると、

「大人もひとたび酔えば、年端もゆかぬ子供に、連れて行ってもらうことになる、よろけながら、自分がどこへ行くのか知らぬままに。魂を湿らせたからだ。」

「乾いた魂はこの上なく賢く、この上なくすぐれたもの。」

らしい。

魂がある・ないとか信じる・信じないとか言われたら信じないけど、あんまりいっぱいお酒飲んで理性がぶっとんだらいいことではないような気がするわな。

さ、まじめな話はこれくらいにして、関東地方の皆さん、ものすごい雨でしたねえ。

ここでバイト中のエピソードを紹介

落雷→停電→クレジットカードの読み取り機システムダウン→カードでのお支払い不可→どうしてもカードで支払いたい客の登場→説得→失敗→15分かけて支払い終了→残る疲労感

雷一発の停電で大ダメージの電子社会なのですねえ。

でもそんな停電から始まるまったり映画



ダック・シーズン」(邦題)
《TEMPORADA DE PATOS》
2004年/メキシコ

最近では珍しい白黒映画

モノクロだからって昔の話じゃない。

Xboxやってる子供たちに突然の停電、さてどうする?

みたいな映画。

あ、うそ、そんなんじゃなかったかも。

いや、そんなんだったかも。

2007/06/09

Roma Ji

pasocon kowaretekara, keybord no tyousiga warui.

dakara romajiuti nanodesu.

asitamadeniwa naositaito omoimasu.

kyouwa nondekaranemasu.

oyasuminasai.

2007/06/08

反省

パソコン壊れまして、電源入れると画面が真っ青でして、まいりました。

でもまあなんとかなおりました。

2007/06/05

日本初

昨日泊まった東君曰く、僕のブログは短いらしい。

もっと長く書けと言われた。

ということで、きょうは少し長めに書いてみようかな!

急な話題転換なんだけど、日本で事実上初の株式会社、それは丸善株式会社なのであります。

そう、言わずもがな僕のバイト先。

丸善て言っても文房具を専門に扱っている店舗なんです。

もう最近文房具に詳しくなってきちゃって、まいってるんだよねえ。

今日だってトレーシングペーパーとか画仙紙とか聞かれて迷わず売り場に案内してしまう自分がいてびっくりしたんだから。

それにしてもこの会社、明治2年(1869)創業だって言うから驚き。

所謂、老舗ってやつですねえ。

老舗だからこそ接客は馬鹿に丁寧。

自分自身信じられないくらいの丁寧さで接客してる。

商品知識がないとどうしてもいい加減な接客になる。

だからこそ、毎回覚えることがあってある意味楽しい。

そんなことを思っている僕だから、こないだ渋谷のapplestoreに行ってびっくり。

「このコンボドライブとスーパードライブの違いってなんですか?」

「ああ、DVDがやけないんすよお」

「ああ、DVDがねえ」

「そう、DVDがねえ」

「じゃあ、こっちください」

「はい。保障はどうします?入っときます?」

「それはみんな結構入ってるもんなんですか?」

「そっすねえ、修理代が高くついちゃうんでみんな結構入っちゃってますねえ」

「なるほど」

「明らかなのは見ないんですけど、まあだいだいの場合みちゃってますねえ」

「ふむふむなるほどねえ」

「どうします?入っときます? ま、入っといて損はないかなあって感じっすかね」

「じゃあ、お願いします」

とまあこんな感じ。  なんだかものすごく軽い。

これが外資系ってやつかと思ってしまった。

やっぱり若い人向けだね。

じいちゃんばあちゃんには合わないと思うな。

そのまえに年寄りはパソコン買いに行かないか。

パソコンより万年筆とかのし袋の方を買いに行くか。

だから俺が今やってるのは年寄り向けの接客ってことなのか?

若い人にはもっと軽い感じでもいいのかな。

ま、馬鹿に軽くても丁寧でもやだよね。

2007/06/03

東家

今日は大学の友達、一人暮らし中の東君の家に来ております。

ここ三鷹の駅からの風景が地元の駅と似ていたので少し安心。

ということで、彼のパソコンから投稿しております。

これから少し飲んで静かに寝るつもりです。

大学に入ってからというもの、友達の家に遊びに行ったことがあまりない。

友達が少ないのかしら、そんなこともないと思うんだけどなあ。

これからは、こういった機会を増やしていきたいなあ。

2007/06/01

朝まで生テレビ!・・・しそうだった。

「真剣大人のしゃべり場!!」

「司会者無し!結論無し!」

ま、暫定的な結論?妥協案?打開策?は出たんだけども。

仲の良い4人で話し合うだけでも意見はまとまらないのに、大勢で話し合って一つの確実な、確固たる最終結論なんて出るはずないな。

なんて思った今日この頃です。

たとえ少人数でも、団結して何年も一つのことを続けていくのはものすごくエネルギーがいること。

痛感したなあ。

個人レベルの不満を少しずつ解消してかないと、いつか爆発してしまう。

それからだと少し手遅れ、時間がかかる。

普段を疎かにしてるとまとまって降り注ぐ。

長い人生においてもそうだろう。

今やってることを疎かにしてると、きっと最後に何か嫌なことがありそうだ。

いかんいかん!

気を引き締めなくてはいかん!!